荘川桜移植物語

 荘川の宝であり、岐阜県指定天然記念物であります『荘川桜』について紹介させていただきます。
 荘川桜は2本とも古くから今の所在に生育していたのではなく、御母衣ダムの建設によりダム湖の底に沈む運命にあったのを、桜を愛する人たちの情熱によって世界植林史にも類を見ない、樹齢400年余の老桜2本が移植によりその命を救われた貴重な桜なのです。

所在地

 高山市荘川町の国道156号線の牧戸交差点から白川村方面へ5.5km北進した、中野地内の御母衣ダム湖畔の中野展望台に巨桜2本が並び立っています。

種 類

2本とも『アズマヒガンザクラ』です。

樹 齢

 詳しい記録はありませんが、古くから桜は社寺の新築時の記念に植樹されることが多いことから、移植前の寺院のうち、飛騨地方に浄土真宗発祥の中心であった古刹『照蓮寺』の歴史を調べますと、永正元年(1504年)に中野の地に移転新築されたとの記録がありますので、現在の樹齢は500余年と推測されます。

移植の事情

 昭和27年、国は終戦後の日本復興の為の水力発電を推進するため、電源開発促進法を制定し次いで電源開発株式会社を設立しました。
 その最初の開発計画が、庄川最上流の御母衣発電計画でした。御母衣ダムは総貯水量3.3億uの東洋一のロックフィルダムで、当時の荘川村内の中野校下全域と白川村の一部に及ぶ大きなものであったため、村をはじめ地域住民は、先祖伝来の土地と住民の生活を奪われるために反対運動を始め、御母衣ダム絶対反対既成同盟死守会を結成して、純粋で熾烈な反対運動を展開した。しかし、初代電発総裁であった高碕達之助氏の誠意ある説得により合意しました。
 昭和34年11月の死守会解散式に招かれ出席した高碕氏は、自分の責任で水没する集落を散策中に光輪時境内にある老桜を発見し、水没移住する人々の心のよりどころとして移植することを決意されて、指導者に日本一の桜博士と称されていた笹部新太郎氏に以依頼しました。
 笹部氏は早速現地を訪れ、近くの寺院(照蓮寺)の境内にもう1本の巨桜を発見し、万が一1本が枯れてももう1本が助かればとの想いから2本の移植を提案し、2本が同時に移植され奇跡的に2本とも蘇生したのです。

 (荘川観光協会パンレットより抜粋)